音楽療法における共時性の追求-3-

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音楽療法コラム -Ⅴ-

音楽療法における共時性の追求 -3-

~動物行動学からみるヒトとは~


A氏: どうなんでしょうか? 一応、動物心理学を専攻していたので、エビデンスに基づく行動療法などのオペラント手法は信じるし、観察に基づく動物行動学も理解できます。
その知見の中で、ヒトも動物も行動の根本には同じような機序が働いている、というのは事実だと思うのでヒトも動物なんだなと思います。

中井: つまり、心の赴くままの行動、というところでも、…それが「心」と言っていいかどうかはひとまず置いておいて、ですが…ヒトはヒト以外の動物と変わらない、というような意味ですよね。それは、動物の「本能」は根本的にはみな、同じ方向を向く、ということでしょうか。

A氏: ええ。 動物心理学をかじりましたって言うと、必ず、「動物にも心はあるんですか?」って聞かれますけど、それはわかりません。でも、動物の行動を条件づけを利用して分析したときに、どのような行動の特徴があるのかとか、知覚などの検査をすることができます。犬の耳はどれくらいいいのかとか。隣接領域の動物行動学は観察に基づきますが、たとえば、私達は何かやろうとしてうまくいかないとムシャクシャして石とかを蹴飛ばすという行動をとることがあります。
イソップの「酸っぱいブドウ」の喩えと言われますけど、動物行動学の祖の一人であるティンバーゲンの実験では、トゲウオという魚も同じような行動をすることがわかっており、「転移行動」と名付けられています。簡単に言えば、動物が葛藤状態に置かれたとき、突然関係ない行動をし始めるということ。まあ、私も期末試験の前夜、あ~、このままじゃ赤点だという時に限って、本を読み出すなんてことがありましたから(笑)。そんな時に限って、「罪と罰」とか、いつもだったら眠くなるのに、するする読めちゃう。これも転移行動の一種だすると、自分もトゲウオとそう変わんないんだなあと思います。
まあ、ヒトも動物なんだから同じような行動原理に左右されるのは当然といえば当然なんでしょうけどね。動物の本能的行動だけじゃなく、自発的行動でも、刺激と反応という単純なレベルで分析してみると、オペラント行動のスケジュール性が同じ原理に基づいているなど、ヒトも動物もそう大きな違いがないことがわかります。まあ、もともと単細胞生物だったのが多細胞生物に徐々に進化してきたわけだから、行動においてもその過程は共有しているんでしょうね。もちろん、ヒトのほうが複雑な行動をしているけど、昨今の知見では一部の動物では非常に複雑な行動をしていることもわかってきています。それも霊長類だけでなく鳥類とかまで。最近の研究ではオウムだって物真似ではなく、限定的だけど本当にヒトと会話できるといいますからね。

中井: さきほどの例では、欲求不満のはけ口として、その原因とは別の、他のものに当たる行動も「転移行動」ですよね。腹いせとか、すぐ他人のせいにするとか。そういうのは、非常に本能的な行動に近い、ということですか。魚が同じ行動をするというのが興味深い。

A氏: 本能的行動というのはいったん触発(リリース)されるとその行動の最後までいかないと終わりません。トゲウオの例では、攻撃行動を人為的に途中で止めてしまったので、本能的行動が全うできず、その結果として、水槽の底に腹をこすり付けるという別の行動に転移して現れた、ということだったと思いますけど、猫なんかもカーテンに飛びつこうとして失敗したとき、突然、前足で顔を洗い出したりしますからね。擬人的にいうと、失敗の照れ隠しなんでしょうけど、擬人的な表現を使うとよく先生から科学的じゃないと怒られました。先の期末試験の例もそうだけど、私たちだって動物と同じような行動をしています。というか、ヒトも動物なんだから当然なんだけど、どうしてもヒトは特別だと思ってしまう傾向がありますよね。
さて、フロイドやユングだけど、現在の精神医学では治療に使われていないと聞きます。科学的に実証しようがないので精神医学とは袂を分かっており、日本では多分一部の心理分析家が使ったり、交流分析という形で心療内科の一部で使われている程度だそうです。。むしろ、構造主義や人類学や哲学、神智学、神話学に貢献しているともいえますよね。フロイドってなんか実学というより、どんどん薀蓄の世界になっていくんですよね(笑)。

中井: その通りですね。人類の知的財産ではあり続けますし、科学では解明できなかった頃の脳の働きや癖、といったものの不思議を、科学が実証するにつれ確認していくことは可能でしょうけれど、治療法としては、心理療法の背景に残っているだけ、ということになりそうです。

A氏: 薬物療法やアメリカで始まった不安に関係ある脳の部位である扁桃体に直接、外部から磁気パルスを当てる療法でうつ病が劇的に治ったり、あるいはfMRIで脳の活動が直接観察できるようになってきて脳科学が発展しているので、精神医学はいまでもそうだけど、より自然科学を志向していくんでしょうね。名前は似ていても心理療法とはどんどん別物になっていく感じがします。

中井: “TMS”、“rTMS”ですね。うつ病は、これまで、薬を飲んで休んでいれば治るとされていましたが、薬が効かないケースが3分の1もあるんだそうですよね。それで、薬に頼らない治療法として、アメリカでは4年前に保険適用になったのが、“TMS”。「経頭蓋磁気刺激法 Transcranial Magnetic Stimulation」というそうです。
全米400カ所で受けられるようになり、普及し始めているそうですね。
磁気刺激で、DLPFC(前頭前皮質背外側部。前頭葉前川の一次運動野と前運動野の前に存在する)を1回40分、1ヶ月毎日刺激するんだ、と聞いています。光トポグラフィー検査とともに、注目度、高いです。

A氏: そうですね。つまり、心理療法において症状が改善する過程で、リビドーの解放とかカタルシスなどが説明としてでてくることがあるけど、因果関係については、科学的にエビデンスがなく、経験的に解釈されていますね。その解釈はさておき、因果関係については脳の部位の活動特性など脳科学的に実証されていくでしょう。

中井: はい。私が、脳科学に興味が尽きないのも、その辺りに期待しているからだと思います。

A氏: カウンセリングなどは、技術としては確立していて、その手法は効果が実証されていますね。

中井: そうです。ご家族にうつになられる方が増えてきた昨今、そうして確立された基本的なカウンセリング技術なら、一般的にも普及が進んできましたしね。よくご存知の方がたくさんいらっしゃいます。

A氏: カウンセリングでは、こちらが何ら解決策を提示しなくても、相手はそれだけで「よく分かってもらえた」と納得し、晴れ晴れしたりします。心の本来の治癒能力がそうさせるんだろうけど、カウンセリング最中のクライアントの脳の働きをfMRIなどで調べたら(もうとっくにやられているだろうけど)いろいろわかるんだろうな、と。
私もバーベキューしながら、たまたま若い人から悩み相談されたことがあるけど、斜め45度に立って肉を焼いたり、共感を示しながら聞いただけで何ら解決策も提示していないんだけど、その人からは、「Aさんに悩み相談に乗ってもらって本当によかった。よくわかってもらえた」なんて言われたことがあります。こっちは、「ふんふん」、言いながら聞きつつ、肉とか野菜を焼き、「疲れたときは、栄養あるからピーマンも食べないとね」なんて言っていただけなんだけど。

中井: そのとおりですね。つまり、心理療法というのは、心の自己治癒能力を上げるお手伝いをするだけのもの、とも言えます。だから、お母さんが大好きで、良くなりたい、もっと普通に他者と繋がりたい、という心理を、あたりまえに、素直に持てているという意味で、心の健康を保てている、発達過程にあるこどもたちにはとても効果があると感じます。
でも、難しいのは、病気になりたい人、…と言うとちょっと乱暴な言い方なので、自分が健康ではないことに心理的に依存している方、と言ってもいいのかな、その依存が、もはや断ち切れないほど進行し、自己同一性に欠かせない条件にまでなってしまっていると、…そういう方々には、心理療法は効かないのではないか、と私は思っています。
または、そういう方に心理療法が効くとしても、それはセラピストへの人としての依存が代償となる可能性が高く、それでは治療効果としては偽りの結果になってしまうと思っています。
友達ならある程度それも有りでいいですけど、施療者とクライエントという関係においては、それは極めて危険なことですからね。
7歳のお子さんに効かない、という場合には、お母さまにそうした症状があるケースが大半ですが、大抵は、大人で、家族のサポートがあれば社会生活はどうやら送れていて、ある程度…この「ある程度」というところがポイントなのですが。…病識もお有りの方が、何かを改善したい、と思って心理療法を受けようとしても、効果があると思ったことがない、ということです。
そう考えると、病識を持つ、ということにも、良し悪しがあるかもしれないわけで、逆に病識をお持ちゆえに立派な仕事をされ、立派な人生を送られた数々の方々は、凄いと思いますよね。そういう方々は、ご自身の病について、言い訳に使うためではなく、客観的な事実を徹底的に勉強された上で、自己治療の方法を確立されていた方々だろうと思います。まさに、病気というものは、結局、大人になってしまえば、治せるのは自分自身しかいない、ということなのです。まず、病気にならないようにする、ということも含めて。
だからこそ、子どもの時代に、お母さんの心が病んでいた、というケースは非常に深刻なわけですが…。

A氏: リビドーの話に戻ると、それは解釈の問題で、既に共感関係が成立した中での「遊び」には成人に対するカウンセリングと同様の効果があるはず。
科学として成立するかは、その機序がエビデンスによって科学的に実証できるかということ。
でも実務者である心理療法家としては、経験として効果がわかっていればいいこと、となるように思います。

中井: そうですね。あるいは私はその、経験の真偽や正誤を確認するマーカーとして、「共時性」という、最も起こりにくいような出来事に注目しているのかもしれません。

さて、ここからの話はさらに興味深くなりそうなので、テーマを発展させて、次のコラムで続きをお話してみたいと思います。

つづく

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