きたやまおさむ氏の特別講演

日本音楽療法学会関東支部
認定講習会・研究会実施団体

フリーダイヤル(ココロヨハロー)
0120 - 5564 - 86
受付時間:9:00~24:00
一般ダイヤル
03-3418-6612
サイトマップ

音楽療法コラム -Ⅶ-

きたやまおさむ氏の特別講演

遊びと創造性~覆いをつくる治療


去る2012年9月8日、宮崎県のシーガイアで行われた第12回日本音楽療法学会学術大会において、精神科医であり、作詞家であり、九州大学名誉教授であられる、きたやまおさむ氏の特別講演がありました。

演題は、「遊びと創造性~覆いをつくる治療 」。

北山氏といえば、あの名曲♪「戦争を知らないこどもたち」の作詞で、日本レコード大賞作詞家賞を受賞された方です。その他にも、♪「帰ってきたヨッパライ」が有名です。
今回のコラムでは、この北山先生のお話の一部を振り返ってみます。


1.きたやまおさむ氏が精神科医になった理由

医大生時代に、北山氏は、開業医だったお父様に借金をして、加藤和彦氏と300枚のレコードをアマチュアとして制作しました。そして、「アマチュアバンドの解散コンサート」のためにと、このレコードを売ってみたそうですが、100枚しか売れませんでした。知人の冷たさをこの時知った、とおっしゃって会場を沸かせました。

売れ残った200枚が在庫になって置いてあった自室で、北山氏はその塗料の匂いにうなされたそうです。

お父様には、「医大に戻ってくれるなら」という条件で、このレコードの制作のために22万円を借りたのですが、おそらく現在の価値なら5倍くらいだろう、と。

困って、北山氏たちは、レコードをラジオ局に持って行きました。
45年前のことです。
それからが驚いたわけです。
なんと、レコードは、300万枚売れました。
そこで、マス・コミュニケーションに参加することになりました。
でも、♪帰ってきたヨッパライは、正直10回も歌ったら、もう嫌になったんだそうです。
300万人もの人たちが歌ってくれるなんて…と思うと、何かが違う、と感じた、と…。

この体験が、北山氏を精神科医にしたのだそうです。

北山氏が感じた違和感とは何だったのしょうか。

「音楽は、目に見えるそこにいる人に届けられるべきだ。」

と北山氏は思ったのだそうです。
ラジオで不特定大量の人々に、顔も分からないまま配信されてしまう歌は、まるで自分の歌ではなくなってしまったかのように感じられたということかもしれません。

そして北山氏は話されました。

「コミュニケーションには2つあるんです。

一つは、パーソナル・コミュニケーション。
特定の人にする、取り返しのつかない、一回だけのコミュニケーションです。

そして、もう一つは、マス・コミュニケーション。
不特定多数の人々に、同じことを何度も何度も伝えるコミュニケーションです。

後者は、何度でも操作してやり直せるコミュニケーションですが、前者は、やり直せない。

精神科医の医療は、この、取り返しがつかない、コミュニケーションを治療に使います。
私にとって、手応えがあって充実しているのは、まさにこの、パーソナル・コミュニケーションだったのです。

印税生活は良かったですけどね(笑)。」


手塚治虫氏、北杜夫氏など、医者が漫画家や作家になる、という方はいらっしゃいましたが、歌手が医者になる、というのは珍しかったようです。

そして、なぜ、精神科医だったかというと、それは、北山氏が作詞家だったからだというのです。
つまり、人々の心を、言葉を通して表す能力に恵まれている可能性があったから。
世間からは「オカシイ」と思われている人の言葉を世の中に伝えることができるかもしれない、と思ったから。

ではこれ以降は、北山先生がお話になったこととして、読んでください。


2.歌を作るということ

個別の人々の為に歌を作ることと、みんなのために歌を作る事とは違います。

♪「防人の歌」は、「いま ここ」のため、愛しいあの人のために作られた歌であって、決して不特定多数の人たちに歌われようと思って作られた歌ではなかったのに、教科書に載ってしまったんです。

最近の歌は、あなたのために作られていない。
最初から、みんなのために作られている。
♪帰ってきたヨッパライは、加藤和彦のために作った歌だった。その歌詞を加藤が作曲し、そこで一対一で、インタラクティヴに作られたのです。

ここに、「二者言語」と「三者言語」とがあります。

「三者言語」は、第三者が解らないと困る言語であり、「二者言語」は、そこにいる二人の間でだけ通じれば成り立つ言語です。

本当の歌というものは、最初から第三者のために作られるものではない。

歌は、

「二者的創造性」

すなわち、「あなたのために生まれる創造性」であり、それをたまたま第三者が評価すればヒットする、というものでしかありません。

だからこそ、最初にレコードを買ってくれた100人はエライと思います。


3.簡単な精神分析

精神分析学を習ったことのある人なら誰もが知っているこのフロイトの心的構造図ですが、

image001.png

北山先生はこれを、こんな分かりやすい図に変えてくださいました。

image002.png

では、また北山先生のお話に戻ります。


ご覧のとおり、これは「二重構造」です。


この二重構造は赤ちゃんにはない。二重構造とは、心の隅、心の闇で、別のことを考えている、ということです。「雑念」とも言います。

実は「私」はここにいなくて、心の奥の魂は寝てるかも…つまりそこは、「無意識」の領域です。


この「二重構造をやる」ということが、「大人をやる」ということなのです。
大人の服、大人の衣装を身に着けて、別のことを考えていてもそれは隅に追いやって、無意識化している。

子どもの心をたわめてたわめて、押し殺して抑圧して大人をやっているのです。

時々、この二重構造のない人がいる。遊びたくないヤツですよね。つまらない。
人間とは、裏があるから面白いのです。

「裏」という言葉を引くと、「心」と出る。本当なんですよ。
「うらはずかしい」 「うらさびしい」など、日本人は、「裏」が「心」にあることを知っていたのでしょうね。本当の心は、裏にそっとあるべきなんです。
なのに日本は今、この「裏」がなくなりつつある。
人間が陰に置いとくべきものがなくなりつつある。
裏境内、裏庭、…昔の子どもは、どこかしら裏で泣いたでしょ?
裏口入学もなくなってしまい、すべてが表になって、照明が当たるようになった。

「蓋」が取れてしまうと、人は精神病を発症し、問題行動を起こすようになる。
そして、精神分析は、「裏」を無害化して「表」に出す方法を提供する治療なのです。

僕は野球が好きなんです。なぜかというと、野球と言うのは、一塁で刺され、二塁で刺され、三塁で殺されるからです。こんなに、タブーな表現ばかりを使って、ゲラゲラと笑っていられるスポーツはない。

井戸端会議は悪口しか言わないから井戸端会議なんであって、だから井戸端会議をする人たちは健康でいられるんです。

心の隅に置いておくべきものを発散すること。
これを、「カタルシス」と言います。
心が洗われるような心のはけ口。
刑事が「吐けば楽になるぞ」というあれとはちょっと違いますが。吐いても楽になりませんからね、その時一瞬は楽になるかもしれないが。

音楽や文化やスポーツにはこれがあるのです。

「蓋」を取る治療=カタルシス これは、私たちには必要です。
二重構造があるからこそ、有効なのです。
裸になれない人が、裸になれれば、発症を食い止められます。

「アルプスの少女ハイジ」に出てくるクララは、情緒の発散によって歩けるようになった。
失声、失立、失歩には、これが有効なのです。
「アンカバリング・メソッド」というのがその、「蓋を取る治療」に当たり、神経症レベルならこれが有効なのです。

一方、「蓋が取れてしまっていて、ない人」には、
逆に「蓋を作る治療」が必要になる。
蓋ができずにむき出しになっている人ですね。
それには、診断・状態の理解が重要です。

皆に発表できる、皆の前で歌える、というのも、二重構造があるからです。


4.事例にみる「二者的創造性」=「蓋」をつくる治療とは

統合失調症のある患者さんの事例。
日本で初めて二か国語放送が始まった頃に、「二か国語放送が聞こえてくる」と言った患者さんがいました。「二か国語放送」とは、「妄想」あるいは「幻覚」の別名、別語ですが、公共性のある名前です。
以来、その患者さんと、「どう?二か国語放送は聞こえる?」と、この名称を二人だけに通じる用語として活用するようになりました。
その後、患者さんは良くなり、「先生、最近は、もうなるべく人がいるところでは『二か国語放送』という言葉を使わないようにしてるんですよ。あれは、先生と私だけの秘密ですよね」と言ってくれるようになりました。

♪帰ってきたヨッパライ が作られた「二者的創造性」とは、
このような、二人だけの言語、二人だけのコミュニケーションと同義です。
そして、これは「三者的創造性」(マスコミがでっちあげるもの?)とは区別されなければなりません。
♪帰ってきたヨッパライ は、確かに、その瞬間は、二人だけの音楽だったのです。

クリエイティヴィティとは、誰か不特定な人の為ではなく、皆の為にでもないところでのモノづくりなのではないでしょうか。


もう一つ、重要な症例があります。
ある女性看護師が患者でした。この看護師は、病棟から痛み止めを盗んで自分で打っていました。
それは、院内の大スキャンダルになっていきました。
相談を受けたところ、彼女は、
「看護師は、人の世話をする仕事です。でも、それをしているうちに、自分がこの仕事を選んだのは、親が全く自分を世話してくれなかったからだと気づいてしまったんです。」
と言いました。だから、自分で盗んでまで、痛み止めを打って
いるんだね?と私は言い、
「では、その処方を私に任せてくれませんか」と提案しました。
自分で何とかしようとしていたものを、一部、人に預けることができたことで、彼女は急速に変わって行きました。
そして、だんだんとミーハーになっていき、「先生のファンだったんです!」等と言い出しました。
そのうち、ホイットニー・ヒューストンなんかを歌うようになり、元気になりました。

痛み止めを打つ役割を私に任せることで、女の子である自分を取り戻し、看護師に戻れたのです。

20年経って、風の便りで、彼女はその後看護師を止めてミュージシャンになり、けっこう成功し、米国の某音楽大学を首席で出て、先日手紙?メール?を貰ったところには、こう書いてありました。

「先生はまだ医者(なんか)やってるんですか?」

この人は、看護師を止めて良かったと思います。
まず、自分が救われなければ、他人は救えないからです。


5.質疑応答より(中井の質問)

Q. 自閉症児や、言葉の遅いこどもたちの心を代弁するために歌を作る、という音楽療法士の仕事において、二者構造はどのように働いているのでしょうか。母と子、子とセラピスト、セラピストと母、というそれぞれの二者構造を、セラピストはどうつないでいるのでしょう。

A.さきほどの図をもう一度見てください。

image003.png

この図の、「子」「無意識(子ども)」は、エス(イド)です。
そして、「親」「意識(大人)」は超自我です。
じつは、右の図の真ん中の、細い円、ここに、「私」が入ります。
「私」はいわゆる「自我(ego)」ですが、「じが」というのも「えご」というのも、なんだか音が汚いですよね。

ところが、「私」というとどうですか?

そしてさらに、この「私(わたくし)」という言葉の語源説をたどると、興味深いことに、『日本国語大辞典(小学館)』は、九つの語源説を掲げていますが、そのうちの三つがワタクシの語尾にカクシ(隠し)を指摘しているそうです。

①ワガタメニカクシ(我為隠)の義〔日本語源学〕
②ワタカクシ(曲隠)の義〔名言通〕
③ワタカクシ(渡隠)の中略。夜を渡るものが互いに非を隠す意〔紫門和語類集〕

註)北山修 著 「覆いをとること・つくること」,岩崎学術出版社 より


ここからは、私(中井深雪)の言葉でお伝えします。

すなわち、「私」には、「隠す」「渡し」という意味がある、ということを、北山先生はおっしゃろうとしたようです。

「私」が「渡し」てあげる。「私」とは、渡す役割。

つまり、音楽療法士は、それぞれとの二者構造を使って、母から子へ、子から母へ、その隠された「私」を「渡し」てあげる役割をしているのではないか、ということのようです。


そしてさらに、北山先生は重ねておっしゃいました。

「自分が癒されないうちは、人を癒せません。」
「浮いてしまうのは、二者関係では褒められますが、三者関係では評価されない。三者関係で評価されずに落ち込んでは、二者関係に戻って癒され、そしてまた三者関係に戻っていく、そうやって行ったり来たりしてバランスを取る事、その往復こそが人生なのです。」

さらに、音楽療法士に要求される音楽のクオリティや人間的成長のレベルについても、お考えを伺いたかった、と、司会の湯川れい子氏がまとめられました。

湯川氏はその他にも、

北山先生が淡路島の出身であること、

イザナギとイザナミの結婚(女であるイザナミがイザナギを誘惑して生まれた子がろくなものでなく、男が誘ってセックスしたらいい子が生まれてきた、それが淡路島、という神話)

に触れ、

「父親は必ずどこかで必要になる。父親がいないと、母子分離がうまくいかない。母権制から父権制への移行こそが母子分離」

という見解や、

「人間は自然のままなら母親とくっついている。でも火(文化)が生まれることで母と離れる。
三者関係に生きるようになるためには、母は一度死ななければならない」

という見解、その他、日本の神話の研究もされている北山氏なので、

「『ゆうづる』『浦島太郎』など、日本の童話はいつまでたっても第三者が出て来ない。だから問題なんです。」

という見解などを、氏から引き出されました。

以上、特別講演の内容の一部でした。
この他にも、さらに重要な母子関係についてのお話があったのですが、それはまた、別の機会にシェアさせていただこうと思います。
内容は全て私が聴取してノートに書いたメモを元にしています。
先生がおっしゃったことと微妙に異なる点があるかもしれませんが、これが私の理解の限界、ということでお許しください。

北山先生のお話は、かつて何らかの「プレイヤー」自身であった人が到達する考えであろう、という点で、私を含め、規模や分野は違っても、同様のルートで音楽療法士になる道を選んできた人たちに、改めて強い励ましと共感を感じさせてくださいました。

自分たちが何故、演奏家ではなく、セラピストになったのか、まさにここに答えがあった、と感じています。
と同時に、このお話の内容は、今後の音楽療法士の各場での役割を考えていくにあたって、一つの「ど真ん中」のお話でした。

そのことに関連する私自身の考えにつきましては、きたる10月13日に行われる、
第55回 日本病院・地域精神医学会総会において行う予定の口演発表終了後に、あらためてまとめてみようと思っております。

中井深雪

ページの先頭へ

前のページへ

次のページへ