本書は狩野力八郎氏の還暦を記念して、氏による総説を筆頭に、さまざまな臨床設定と治療局面におけるナルシシズムに関わる7本の論文と、編者藤山直樹氏によるメタ心理学概念としての「ナルシシズム」を巡る覚書の計9本を収録したものである。ナルキッソスの神話に端を発する「ナルシシズム」は、1914年に精神分析概念として論じられ、今もその中核的な位置を占めている。国際専門誌の“International Journal of Psychoanalysis”はスフィンクスに対峙するオイディプスをロゴにしているが、2009年度の表紙には、泉の水面を見るナルキッソスが描かれていた。ただ、本書の編集刊行は当初の予定より2年遅れたとのことであり、この書評紹介は更に遅らせていて、申し訳ないことである。しかし、本書中の長期の関与に基づく報告には、時間の経過で色褪せない実質があり、実践の上でなお残る疑問と課題をも記している点で極めて貴重な、今読まれるべき本である。